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皆さんコンニチハ 赤木です。
奈良町の新しい画廊ギャルリ・サンクで行なわれた、実力あるベテラン美術家ふたりによる芸術談義を拝聴しに出かけてきました。

第一回サロン・サンク「時間をめぐる対話」4/5(土)17:00~19:00
坂爪厚生×井上明彦

画廊主の高市さんによるオープニングあいさつに続いて、先ず最初に絵画表現と時間意識との関係について京都芸大教授でもある井上氏よりレクチャーが行なわれました。

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なにぶんシロートの身ゆえ難しい語彙はすっ飛ばしてメモも取らずに聴いただけですので、たいした報告は出来ませんが、話の流れはコンナコトダッタカナーという程度で済みません(違ってたらご容赦を)

神の視点から世界を表現する時間意識の無い(空間のみ或いは永遠の時間?)古典絵画の時代から始まり、神以外の主題を扱いだしたルネサンス期のパー スペクティブな(直線的時間意識?)の時代を経て、一瞬の時間を切り取った印象派絵画へ、そして異なる複数の時間を一つの画面に表現するピカソを始めとす るキュービズム絵画へと、神が死んで以来、人類は時間を徐々にそして際限なく細切れにして絵画に表現して来た。

時間をどう扱うかが現代美術の重要なテーマとなっているといったような視点から坂爪作品に現れている時間意識について対話が行なわれました。

さすがにプロは奥深いところまで考えて制作しているんだなーといった内容が次々に明かされて感心しきりでした(その詳細は難しすぎて浅学の小生にはここで説明できません)。
ただ作品に表現されているそれらのタクラミを鑑賞者になかなか解ってもらえないのが作家としてツライところなのだとか・・・。
デスヨネー。美術評論家は小難しい言説を弄して美術村に向ってばかり発言しないで、もっと平易なコトバで一般大衆に向って作品の意味を解説して欲しいものです。

思ったままを素直に表現して、自分の感じたままに受け取れば良いなどという中身のない美術教育がまかり通っているようでは、義務教育レベルの知識しかない一般人には豚に真珠、猫に小判といったところです。

終盤は井上氏のワンマンショー的な感じも多少ありましたが(^^ゞ、総じて大変興味深い対話だったと思います。

この対話から小生が得た感想は、人類は結局のところ死が怖いので再度、時間意識の無い世界(神の世界)を求めているのではないか、どこからかいつも自分を見ていて正しい道へと導いてくれる神の目、自己存在の拠り所となる超越者を求めているのではないかということです。
そのためにコンピュータネットワークによる知の集積と人工知能化を究極まで推し進めて新たな神を創造しようとしているのではないか。

人類全体の集合無意識という神によって絶えず参照され統御される世界。
それゆえに人類が生存している限り死ぬことのない表裏一体の神。
神と一体化し時間意識を超越した圧倒的な空間意識のみが支配する至福の世界。

人間の創作物たる美術作品も、つまるところコトバの宇宙から紡ぎ出されたものなので、ネットワークコンピュータが人類全体の集合無意識の源泉たるコ トバをアーカイブし続ければ、いづれは人間の創った絵画からもその意味するものを抽出し解説してくれる能力を持つかも知れません。
そうなれば美術家の悩み解消ですね。っていうか美術家はもう必要ないかも・・・。

そう考えると坂爪さんが最近作でネット社会の過剰な情報量を問題化していることも腑に落ちます。
ネット社会への先導者(宣教師)スティーブ・ジョブズの頭の中には人類に欲望と言う宿痾をもたらした禁断の果実のメタファーであるアップルのロゴマーク、かじられたリンゴが・・・。

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その欲望を究極まで追求しようとして人類は一体どこへ向おうとしているのか。
それは人類の欲望の究極たる意思を持ったコンピュータネットワークという神に支配されたアルカディア(楽園 理想郷)なのか・・・。

と、そんなたわいもない感想を披瀝してご報告とさせていただきます。

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