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2002年12月29日
インターネットで「青空文庫」というのにアクセスした。青空文庫というのは、著作権の切れたような昔の本をインターネットで公開して無料で見ることができるようにしているものだ。金儲けを目的にしたウェブではないので、入力作業はボランティアの人達がやっているらしい。その中に泉鏡花の「高野聖」を見つけ、早速Wordにコピーして自分のパソコンに取り込む。その「高野聖」を11ポイントの活字でA4紙に印刷して、寝ころびながら一気に読了する。本屋に行けば文庫で出ているけれども、なんとも字が小さくて読めたものではない。11ポイントで印刷すれば、布団の中に潜り込んで気楽に読むことができる。ただし、ルビは漢字の後に括弧書きで書いてあったりするから、文章や活字の体裁を気にする人には不向きだろう。私はそういうことには拘らない。
泉鏡花の次は国木田独歩の「武蔵野」を取り込んだ。正月休みは日本文学の古典に親しむことになりそうだ。
今年の日記風メモはこれでお終い。それでは、良いお年を。
                                       
2002年12月22日
年賀状のデザインには毎年苦労する。いままではプリントゴッコで作っていたが、今年はパソコンで作成。もっとも年賀状ソフトを使うのではなく、Adobe社のPhoto Shopという画像編集ソフトを使った。このソフトの使い方に慣れていないせいもあるのだが、マウスを使って曲線を引くと、ギザギザの線となる。綺麗な曲線を引く方法ももちろんあるけれども、そこまで習熟していない。結局、いろいろなところからの図案を張り合わせ、加工して、文字を入れ込んで終了。オリジナルのデザインではなくあちらこちらからのデザインを取り入れているので、トータルのデザインは自分のものではあるものの、個々に見るとそうではない。W・ベンヤミンという評論家が「複製技術時代の芸術」という本を書いていたのを思い出す。学生の頃に読んだことがあるけれども、今でもベンヤミンという評論家は読まれているんだろうか。

2002年12月15日
急な寒波のおかげでこの前の月曜日は雪。その前の土・日も雨がちで冷えた。折しも夜間実験の時期と重なったおかげで、外で作業をしていると体がとてつもなく凍えた。ビジネスホテルに戻り、暖かい風呂にでも入ろうとバスタブに湯を満たしているとき、たまたま見たテレビでK-1の試合をやっていた。普段見るようなものではないのだが、時間つぶしに見ていたら、迫力があり結構楽しめた。小山のような男が不器用にパンチを繰り出して相手のスマートな男をコーナーに追いつめていた。この方面に詳しい人に後で聞いたら、ボブ・サップ対アーネスト・ホーストの価値ある一戦だったようだ。K-1の試合を見るのは実は初めてで、技術的なことをどうこう言えるようなものではないのだが、まだまだ発展途上のスポーツという印象をもった。本当のスポーツとして定着するかどうかはまだまだだろう。キックボクシングがかつて一世を風靡した時があったけれども、それに近いものがある。
                                        
2002年12月09日
この前京都に出張した折り、ついでとばかりに、「京都で奇跡にめぐりあう」と大々的に宣伝していた京都国立博物館「大レンブラント展」を見に行った。きっと素晴らしいものに違いないと夕闇迫る東山七条に駆け参じ、1500円の入場料を支払って中に入る。端正な肖像画が順に並んでいる。きっとそのうちに目も覚めるような傑作が出現するに違いない、まだか、まだか、奇跡はまだか、という期待を持ったまま最後の部屋まで行ってしまった。ちょっと待ってくれよ、どこに奇跡があるんだ、と一言文句を言いたい展覧会であった(もちろんストレートに悪いという内容ではないのだが)。
国立博物館も独立行政法人とやらになって、入場者数、営業収入などの成果が求められるようになっているのだろう。だからと言って、準一流の作品を世界からかき集めて、「さあ、奇跡が始まるよ」というのは詐欺に近いんではないかい。少なからぬ不満をもって京都駅行きのバスに乗った。そのバス停に「悪臭防止のために若い女性の方は車内でブーツを脱がないでください」というステッカーが貼ってあった。そちらの方がよっぽど意外性があった。

2002年12月01日
美術部OBの坂爪さんの展覧会が東京で開かれたのを機に、同窓の者たちが会場のシロタ画廊に集まった。集まったのは、設楽、中村、兵藤、三分一、井上、阿部に私。展覧会が7時にはねてから近くのライオンにて坂爪さんを交えてビールを飲みつつ会食した。会食には同行しなかったものも杉嶋夫妻も顔を出していた(82年学卒とのことで私は初対面)。
坂爪さんはこの3月で学校を退職して、制作に打ち込んでいるそうだ。昨年はメキシコでの展覧会にも出品したらしい。雑種な話が飛び交った中で、私にとって「へー、そうなの」という話があった。継体天皇陵から始まって、高円宮さまのご逝去の話、そのお兄さんの話などなど。京大病院での話も出ていた。知らなかったと言ったら、そんなの皆知っているよと言われてしまった。
世の中知らないことばかりだ。週刊誌を読むことがないので世間に疎くなっているんだろう。それでも構わないという気持ちもある。

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